2009年度新人歓迎山行

山行名:2009年度新入生歓迎山行

期間:6月20日〜6月21日

対象:吾妻連峰一切経山〜東吾妻山〜鳥子平

メンバー:(CL)渡邉、(SL)U.S、小林、橋本、前川、小熊、大竹先生、丸ヘッドコーチ、千葉コーチ

コースタイム
2009年6月20日 晴 不動沢(11:10)→賽河原(11:40〜11:50)→湯の平(12:05)→分隊(12:15)→井戸溝(12:20〜13:00)-慶應吾妻山荘(13:20)
2009年6月21日 雨→曇 慶應吾妻山荘(07:10)→大根森頭(07:30)→五色沼(07:50)→一切経山(08:25〜08:35)→酸ヶ平小屋(08:56)→鎌沼(09:05〜09:25)-姥ヶ原(09:30)→東吾妻山(10:10〜10:40)→景場平(11:50〜12:10)→鳥子平バス(12:40)

【感想】
 6月20日、午前6時50分頃、東京駅。普段の山行ならば、集合時間の1時間前ほどから自由席に並んでいるのだが、今回は諸般の事情で30分前の到着となった。そこには、前々日に自由席に並んでおくと言っていたチーフリーダー(CL)の姿が・・・無く、2年生が2人いるだけで、しかも話を聞けば2人のうち1人が5時半から、並んでいたらしい。ちなみに集合時間は7時20分である。たまげたなぁ。その後、7時ごろにヘッドコーチが、集合時間ギリギリにCLと1年、先生が到着。事前に集合時間に遅れると連絡があった千葉コーチも同時に到着。無事新幹線の福島駅で新幹線を降り、タクシーに乗り換えて1時間ほどで、吾妻スカイラインの浄土平で下車。

 ここから、今回の山行の行程がスタートする。20日の行程は浄土平から、ゆっくり歩いて3時間ほどで慶應吾妻山荘までの予定だ。さくさく道を進み、犀の河原で休憩。休憩後に宿泊者を浄土平まで送っている慶應吾妻山荘管理人の大柿さんとすれ違う。その直後にCLが犀の河原にウェストポーチを忘れたとのことなので、コーチ一人とともにCLが引き返し、残りはすこし進んだ井戸溝でCLを待つ。40分ほど待ってもCLが追いついて来ないために先に進み、山荘の中に入る。結局30分後にCLが遅れて到着。大柿さんと合流し、ゆっくり登ってきたそうだ。その日の夕飯は、大柿さんが心をこめて準備してくださった、カレーとロールキャベツ、この時期だけのコシアブラの天ぷら。どれも美味でした。翌日は、あいにくの天気であった。朝食には、サムゲタンを頂き、予定どうり7時に出発。自分でも飛ばしすぎたと思うペースで、2時間足らずで一切経の山頂に到着。休憩するにも風が強くなってきたために、酸ヶ平まで下りて休憩をとる。休憩後、東吾妻に向けて出発する。雨が降っていることもあり、東吾妻の登山道は予想どうり水が流れており、まるで小川のよう。途中、倒木が道をふさいでいる箇所もあったが、無事、東吾妻の山頂。景色は雲の切れ間に一切経が見える程度であった。

今回の山行は下山時に後ろへの配慮不足、登りのペースの速さなど多くの反省点が出た。今後の山行に活かしていきたい。

2009年度春山山スキー1

期間 3月20日(土)〜3月21日(日)
対象 あずまや高原ホテル駐車場登山口から四阿山
山域 志賀高原
メンバー (CL)前川、(SL)小林、小熊、斎藤、千葉コーチ、杵島先生(待機)

【コースタイム】
3月20日 晴れ 上田駅(8:30〜8:54)→あずまや高原ホテル駐車場登山口(9:32)→休憩(20分)→牧場有刺鉄線(10:50)→休憩(15分)→里宮周辺(12:30)

3月21日 曇りのち晴れのち雪 起床(4:00)→出発(7:40)→休憩(25分)→根子岳との分岐(10:00)→休憩(10分)→四阿山(10:40〜10:50)→根子岳との分岐(11:05〜11:10)→里宮(13:10〜14:00)→あずまや高原ホテル駐車場登山口(16:10)

【紀行・感想】
 当初、3月山行対象の第1候補に挙がっていた燧ケ岳はアクセス困難により変更を余儀なくされた。結果として選んだ四阿山には、ここ3、4年間の中で高校山岳部にとって3度目の挑戦となる。この山行は5月山行を見据えての準備に近い。心のどこかで1度は山頂を踏みたいと叫んでいた。

 3ヶ月ぶり、再び上田駅前のターミナルで上空を見上げる。晴れていて、寒くはない。先生にデポする荷物を預かっていただき、ジャンボタクシーで出発する。下界には雪が残っていないようだ。チェーンがなければ通行禁止とされていたはずの道路の脇には辛うじて雪が残っている程度だった。
 駐車場登山口から確かに雪が残っていたが、ところどころ残っていない部分もあった。15分ほど進んで林道途中の有刺鉄線との合流点に設けられた柵を乗り越えた。シールで歩き始めて20分後、牧場が一望できる場所に出たのだが、雪の少なさに驚かされた。一瞬、シールで歩くのに必要な雪がなく板を担いでトボトボ登る姿が頭をよぎる。しかしそれは有刺鉄線に沿って牧場の柵が見える所まで進み、雪がしっかり積もっていたのを見て、振り払うことができた。
 あとは柵沿いに歩くだけ。見落として通過してしまうことを心配していた里宮に予定より1時間早く着く。1日の行動にしては物足りないと思わずにはいられなかったが、この日はここで幕営。コーチと1年生がアイゼン歩行練習をしにテントを離れている間、Kが水用ブロックを切り出し始めていた。自分はそれを傍目に見ながら風速・温度計「スカイウォッチ」を弄んでいた。画面は3〜5m/s、−4℃を示していたと思う。
 夕食はビーフシチューペミカン。自分は調理の最後に鍋へビーフシチューの素を投入したが、不思議なことに油のベールに包まれて色が薄くぼやけて見える。味見で鍋の底からすくったスプーンにはギトギトの油が! 下界でペミカンに加えたラードは500gと、今までの900gより減らしたつもりだがそれでも多いことがわかった。茶色のものは底に沈み、スプーンの大部分を透明の液体が占めていた。味はどうかって? ここでは控えさせていただきますよ。油が多いだけならいいが水も多く入れたらしく、味が薄い上に油たっぷりのペミカンになってしまった。後は想像にお任せします。さらにそのペミカンを平気な顔をして食べるSの勢いの良さに驚かされた。(あとでトイレに何回か行っていた)
 夜中から早朝にかけては暴風がテントを打ちつけた。ペグで固定しているので飛ばされないとわかっていても不安を感じてしまう。
 21日朝6:00、ラーメンを食べてテントの外に出てみるが風は相変わらず強い。30分ごとに山頂の方向を見るが次第に視界が悪くなってきているようだった。テントを出て3回目のときだったろうか、風が弱まり雲の切れ間から一瞬青空が見えた。テントで横になっていた隊員を起こし、アタックをかけることを伝える。
 アタック開始後、初めは木と木の間を縫うように歩く。天候は回復していったが、分岐に近づくにつれ風は強くなる一方だった。出発から75分後、シールが利かなくなってきたのでシール歩行からアイゼン歩行に切り替えた。根子岳との分岐から10分後、山頂が見える所に辿り着く。空は曇っていたが、山頂は見える上に遠くの山容までも臨めた。山頂までは20分かかった。雪はガチガチでアイゼンの歯がサクッと食い込む。山頂からの帰り際に風速を計ってみると、なんと13,2m/sだった。
 板をデポした場所から滑降開始だ。自分だけがシールをはがして滑った。安全な滑降技術の一つ「横滑り」ができなければシールを外さずに滑ったほうがよいので、それぞれの最も滑りやすい方法で滑るよう指示した結果である。「横滑り」は文字通り板をそろえて体を進行方向の横に向けて滑る技術である。ビギナーが間隔の狭い樹林帯において、ボーゲンで木に激突しながら滑るよりは速いし安全なのがメリットだ。もしシールを付けていれば、滑り止めがかかるので滑りづらい。デメリットは比較的硬く締まった雪でないと滑れない、つまり重く緩い雪の上ではではボーゲンせざるを得ないということである。そして、シールを外していた自分はこのデメリットを知らず菅平牧場に出る際に痛い目に遭うこととなる。
 予想通り、皆テント場まで何回衝突したかわからないほど木に激突していた。さらに板が外れたり、赤旗が飛んで行ったりするところも見た。しかし、隊員全員がテントに着いてから時計を見ると13:10を指していた。前日の登りのスピードから考えて「今日中に帰ることができる」と判断した。さっそくテントを撤収して出発する。雪が降り出し、地面の雪は既に重く緩くなっていたが、この時点で横滑りのデメリットに気付くはずがなかった。
 牧場への出口の手前だったろうか、ハの字で狭いカーブにさしかかったところで細い木の根のアーチに板を通して転倒した。シールを外していたため勢いはよく、右足に激しく痛みが走った。あとでわかったのだが右足の足首から膝にかけて靭帯が緩んでいた。
 この転倒で初めて横滑りのデメリットに気付き、牧場の途中でシールを装着してから有刺鉄線と林道の合流点まで滑っていった。全員がホテル駐車場登山口に着いたのは16:10。2泊3日の行程を1泊2日で下山した雪山は初めてだが、スキーの効果が出たのではないだろうか。

(CL:前川耀平)

2009年度 山スキー追加訓練

日時 12月26日
場所 ノルン水上スキー
メンバー (L)橋本、小熊、鴨野コーチ、杵島先生

【コースタイム】
12月26日 晴れ ゲレンデ下(09:05〜10:00)→第3クワッド上(11:10〜11:30)→ゲレンデ下(13:15)―(ゲレンデ訓練)→ゲレンデ下(14:50)

【紀行】
今回は山に入らない訓練のみだったためなし。

2009年度 秋山?山行

期間 9月20日〜9月22日
対象 妙高・火打
メンバー (CL)前川、(SL)橋本、小林、小熊、大竹先生、千葉コーチ、渡辺OB

【コースタイム】
9月20日 晴れ 妙高高原(16:00〜16:25)→笹ヶ峰(17:10)

9月21日 晴れのち曇り 笹ヶ峰発(4:25)→登山口(4:30)→木道始め(5:00)→休憩 (5:20〜5:30)→黒沢(5:40)→十二曲がり(6:15〜6:25)→富士見平(7:15)→休憩(7:20〜7:30)→高谷池ヒュッテ(8:15〜9:00)→天狗の庭(9:15)→雷鳥平(9:45〜10:00)→火打山頂(10:35/11:30)→雷鳥平(12:00)→天狗の庭(12:25)→高谷池ヒュッテ(12:45)

9月22日 曇り時々雨 高谷池ヒュッテ(4:00)→黒沢池ヒュッテ(5:25〜5:40)→休憩(6:40〜6:50)→長助池分岐(6:55)→休憩(8:40〜8:55)→妙高山頂北峰(8:55)→南峰(9:05)→北峰・ほこら(9:15〜9:40)→長助池分岐(10:45〜10:55)→大倉乗越(11:40〜11:50)→黒沢池ヒュッテ(12:10)→茶臼山(12:50〜13:00)→高谷池ヒュッテ(13:25〜14:10)→富士見平(14:55〜15:05)→十二曲がり(16:05〜16:20)→黒沢(16:55)→登山口(17:40)→笹ヶ峰(17:45)

【紀行・感想】
9月の妙高山火打山の山行は新リーダー体制での初めての山行だ。直前には期末試験があったため、部活動ができず体がなまっているのではと思ったが、その予想に反して夏山で培った体力のおかげでとても楽に登れ、赤、黄、色とりどりの紅葉の山を満喫できた。
新宿からバスそして電車を乗り継ぎ妙高高原、そこからタクシーで笹ヶ峰キャンプ場へ。1日かけての乗り物の旅。長時間バスに乗ったおかげで乗り物に弱い私は大変だったが、降りた場所のひんやりとした空気でシャキンとなった。時刻は5時過ぎ。急いでテントを設営。その後、夕食。9時頃トイレに行くのにテントを出ると、数え切れないほどの星が瞬いていた。思わず見とれる。着いた時は曇りだったけど、このままだと明日は晴れだな、と考えながら、寝床に入った。
山行1日目、パッキングをして4時半に出発。雲もほとんどない星空の下、登山口へ進む。登山口通過後、すぐに木道、小さな沢を渡ることもあるので、足下に気をつけながら歩く。1回目の休憩をしている間に辺りが明るくなる。それからは、十二曲がりで減速したがテンポ良く進み、富士見平を過ぎた辺りのひらけた所で小休止。空は…青い空が広がっていた。しかも少し早いが、木々の葉はきれいな赤に染まっていた。来て良かったと思えた瞬間。高谷池ヒュッテに着いた後、いらない荷物を置いて火打山を目指す。寂しい雰囲気の天狗の庭を過ぎ、高度をかせぐ。山頂に着いたのは少しキツクなった頃。いい天気のおかげで今登った方向には、天狗の庭の池塘、反対側には日本海が見渡せた。いい眺め。その後、来た道を折り返し、ヒュッテのテント場に着いたのはお昼をだいぶ過ぎた頃だ。それからは、明日の長時間の歩行のためゆっくりと休んだ。
山行2日目はあいにくの曇り。それから真っ暗の中、黒沢池ヒュッテを目指して歩いていくと雨が…。けれども心配無用、すぐにやんだ。良かった。ヒュッテに着き、休んでいると、たくさんの登山客が妙高山へ登ろうと準備している。私達も早く行かないと。大倉乗越からは急坂。慎重に下る。それからは右手にトリカブトの花、左手に崖を見ながら、小さなアップダウンを繰り返す。やがて妙高山の長い登りが始まった。登山客でだんご状態になっている中、展望のないだらだらとした道を歩いた。へとへとになってきた。そしてやっとのことで予定時刻に大幅に遅れて山頂に到着。肌寒い。景色は雲に隠れて、くすんでいた。残念。下りは集中力がなくなり数回転倒。反省です。高谷池ヒュッテに戻ったのは、1時半。いやと言うほど単調な道を歩き、うんざりした時に笹ヶ峰の駐車場が見えた。時刻は5時40分。辺りは段々、暗くなって来た。

2009年度 夏山山行第二期

期間 8月20日(木)〜8月24日(月)
対象 権内尾根・朳差岳から飯豊全山縦走
山域 飯豊連峰
メンバー (CL)渡邉、(SL)漆戸、前川、小林、福本、小熊、大竹先生、丸ヘッドコーチ、津田コーチ

【コースタイム】
2009年8月21日 雨 ゲート発(7:20)→林道終点(8:30~8:40)→東俣第2橋(9:20)→15分間休憩→雨量計通過(10:32)→15分間休憩→カモス頭(11:30)→権内ノ峰(12:20)→10分間休憩→隊員が足故障で一時停滞(13:00~13:05)→分隊行動開始→千本峰(13:35)→前朳差岳(15:20)→朳差岳(16:20)→朳差岳テント場(16:30)→朳差岳避難小屋避難(16:30)【天気図隊:前朳差岳(14:33)→小林佑生が天気図作成(15:45〜16:30)→朳差岳(17:15)→朳差岳避難小屋避難(17:30)
2009年8月22日 晴・強風 起床(3:00)→小屋発(5:15)→鉾立峰(5:49)→大石山手前のコル(6:15〜6:25)→大石山(6:52)→頼母木避難小屋(7:35〜7:50)→頼母木山(8:15)→地神北峰(9:00〜9:10)→地神山頂(9:30)→扇ノ地蔵(10:06)→胎内山(10:15)→門内小屋(10:35〜10:50)→門内岳(10:57)→北俣岳(11:57〜12:20)→梅花皮小屋着(12:45)→幕営完了(13:15)2009年8月23日 曇ときどき霧のち晴 起床(2:30)→梅花皮小屋発(4:50)→梅花皮岳(5:26)→烏帽子岳(5:55)→15分間休憩→御手洗ノ池(7:12〜7:25)→天狗ノ庭(8:00)→御西小屋(9:00〜9:24)→大日岳着(10:40)→大日岳付近で休憩(10:50〜11:05)→御西小屋(12:15〜12:45)→御西岳(12:55)→玄山道分岐(13:27〜13:40)→駒形山(14:00)→飯豊本山(14:25〜14:40)→飯豊本山小屋着(15:05)
2009年8月24日 晴 起床(2:30)→V8テント撤収(5:00〜5:15)→好天候を待ち出発(5:35)→1882m地点手前のコル(6:27〜6:40)→草履塚(7:00)→切合小屋(7:30〜7:56)→種蒔山(8:19)→三国小屋(9:35〜9:55)→剣ヶ峰(10:27)→地蔵山手前のコル(11:00〜11:10)→地蔵山への道と巻道との分岐(11:26)→水場(11:40〜11:45)→本道と巻道の合流分岐地点(11:56)→横峰小屋跡(12:07)→笹平(12:25〜12:40)→上十五里(12:55)→中十五里(13:15)→下十五里(13:32〜13:45)→飯豊山登山口(14:14)→御沢キャンプ場にて下山(14:24)
【紀行・感想】
今年度リーダー会と2人の高校コーチで一緒に登る最後の山行だけあって対象決めにはいつもより時間をじっくりかけた。そうして最終決定されたのがこの飯豊連峰全山縦走である。そして、さっそく入山初日から悪天候が襲いかかる。
21日、僕が9人乗車を伝えて予約したジャンボタクシーの客席数が8席で、なぜかCLが最後に詰め込む形で坂町駅を出た。タクシー会社の話によると林道終点まで言ってくれるとのことだったのだが、東俣彫刻公園の先にあるゲートを開けず林道終点まで70分かけて歩く羽目になった。幸い、少し起伏があるだけの砂利道だったので問題はなかった。ここからはひたすらエブリ差小屋を目指して歩く。標高差は約1400m。初日からボリューム感のある行程だった。途中、K君がふくらはぎの下部を痛めK君にヘッドコーチがついて分隊することになった。天候はさらに悪化していき、エブリ差小屋の横で幕営しようとしていた頃には大雨に猛烈な風が加わって、テントをまともに張れなかったためその日は小屋泊になった。その時は雨で体中が痛くて立っていることさえも難しかった。またポーチの中の計画書が雨でびしょびしょになり、判読不可能になってしまった。
22日朝、小屋から出るときれいに朝日が見え、風はわずかに弱まっていた。降雨がないだけでこんなにも楽になるとは! だがこの日は、雨は降らなかったものの前日の猛烈な風は健在だった。安全歩行のため、コーチが先頭に入りCLは1年生の後ろに入った。最も風が強いと感じたのは地神北峰の登りである。ピッケルでがっちりと体を支えておかないと、よろけてしまう有様だった。途中先生に助けてもらったこともあった。梅花皮小屋に12:45頃に着き、CLが先には進まないと判断したためここで幕営となった。CLの判断に僕も納得したが、なんとなく物足りなさが残った。幕営後水汲みで水場に行ったが、飯豊連峰の中では最も水の勢いが良かった。だがF君が言うには微妙に濁っていたらしい。見ると汲んでやった彼のペットボトルは確かに濁っていた。
23日、前日に僕が「明日は曇だ」と予報したのが午前中までは当たっていた。雲の量が前日より多く、霧も発生していた。出発から約4時間後、御西小屋に着くと後からも10人以上のパーティがやってきた。彼らは我々が大日岳アタック準備をしているうちにさっさと大日岳へ行ってしまった。だが途中で彼らを抜き、急登を越えた大日岳山頂でまたでくわした。再び御西小屋に戻ってくる頃にはもう気にしていなかったため、その後どうなったのかはわからない。ところでその頃の天候はすでに雲がほとんど消滅しこの上ない最高の登山日和だった。飯豊本山小屋までの道程で、山岳部入部以来初めて、長い晴れ間のもと夏山登山ができた。小屋の少し先で幕営し、この日も水汲みに駆り出された。先に一人で見に行ったF君に案内されて水場へ行くと、水の勢いがひどく弱いことがわかった。2つあるうちの一方は許容限度ぎりぎりだったが、もう一方はちょろちょろでときどき水が止まることもあったらしい。だがそこから見える景色はそれまでに行った水場の中で最もきれいだった。そのとき初めて水汲みに来た甲斐があったと感じた。その日の夜もここへ来たが、山岳地帯の奥に見える市街地の町灯かりが何ともいえなかった。テントに戻り食当K君の素晴らしい大喜劇を見せていただいた後、皆は眠りについた。
24日は下山の日。2:30起床だったのだが起床係の僕は2:30になっても一瞬放心状態だったため、危うく寝坊するところだった。すぐに外を見ると天気は雨。またしても初日に戻るのかと思っていたが、食事をとり終わって片づけをしている間に雨はあがっていた。そしてさらなる好天候を待って約1時間遅れで出発した。途中岩陵や鎖場などでは時間をかけた。僕は特に昨年滑落者がでた三国小屋の先の岩陵で緊張した。ベテランが滑落したからではなく、本当に岩陵を見るだけで緊張するのである。ここがもし早朝の雨の影響がまだ残っていて濡れていたりしたら、もっと時間がかかっていたかもしれない、そんなところだった。その後転倒のラッシュがあり、帽子をかぶって日射病を避け集中力を取り戻した。コースタイムでは御沢キャンプ場で下山となっているが、タクシーを呼ぶ携帯電話に電波が入らなかったためその先の川入までさらに40分かけて歩いた。喜多方駅付近の銭湯までタクシーで行き、そのあと解散になった。

帰る電車の中、対象決めにじっくり時間をかけた甲斐があったなと感じた。お世話になったCL、SL、先生、コーチ方に感謝したい。 

(2年:前川 耀平記)

【感想】
渡辺チーフリーダー率いるリーダー会最後の山行は、またしても夏山にはまれな発達した低気圧の歓迎を受けた。しかし、飯豊は、北・南のアルプスと違い、高校の現リーダ会として思い言い切り歩ける、山に浸れる、すばらしい対象であった。八ヶ岳や奥秩父にはない、アブに追われての林道歩き、行けども行けども登山者の気配のないアプローチ、自然にはぐくまれた動植物、懐の深い渓谷、と、東北の山でなければ味わえない新鮮さが残されていた。
所感でも述べたように、2年生の多い現在のルームが、自分たちの総合的実力と、現在のリーダー会の実力を推し量った場合、少しでも未知の世界への挑戦が大切であった。そういう意味では、多くのガイドブックに書きつくされた夏の西鎌尾根を歩くよりは、大きな収穫であった。ひとつ残念な点をあげれば、整備されつくした夏道と、完備しすぎた避難小屋である。最近あまりに遭難の多い山域だけに、環境省も手を入れたのであろう。
ここで、一日目の避難小屋使用について、一言反省を述べたい。ルームに山登りは、「自力下山」という大原則がある。いかなる自然環境が押し迫ろうと、下界でそれを予測し、それ超えれるか否かを自分たちで協議し、実力とお互いの自信を信頼しあってから、山に入る、という登り方である。風雨が強くてテントが建たない。たまたまそこに誰かが準備した避難小屋があったので使ってしまおう。その場でのその判断は正しい。あの場で避難小屋に入っていなければ、小林は低体温症を起こし、今は天国だったかも知れない。しかし、渡辺はこの状況を下界で予測していたのであろうか。8月の飯豊の風雨を想定してV8のテントのポールの強度、テントの構造を真剣にリーダー会で話し合ったのであろうか。もう一度、6人でよく話し合ってほしい。車があるから使う、携帯電話があるから使う、アメダスで雲域が見れるから天気図はとらない、ワンセグで天気予報を確認しよう、メンバーが多いので燃料、食糧は、大雑把に多めに持っていこう。使えるファシリティを何でも当たり前と思って、安易に山に入ることは、今後君たちの山登りのより高き、より困難を目指す道においては、大きな障害となるであろう。ここでは携帯が使用できるのか否か、携帯を活用するか否か、ここで使う燃料は何リットル、砂糖は何グラム、ここは強風地域だから、避難小屋使用を想定するか否か、どの状況下であれば使用するのか、山の計画を考える上では、チーフリーダーが下界で考えることは極めて多い、と言うことをここであえて申し渡したい。北極南極犬ぞり横断で有名な植村直己は、常に帰りの飛行機代を持たずに5大陸最高峰を制覇していた。昼食はフランスパンと自分で作った燻製、佃煮のみで登っている。単独山行の極限的な計画である。あの登り方を100%踏襲しろとは言わないが、次期チーフリーダーを目指す者は、彼の思想を今こそ大いに学んでみてはどうであろう。そして、95年前に鹿子木教授が唱えた「重装主義」をもう一度念頭において、萎縮することなく9月の山に臨んでほしい。
(HC:丸 誠一郎)

2009年度 強化山行

山行名 2009年度 強化山行

期間 7月4日(土)〜5日(日)

対象 巻機山山域 三国山

メンバー (CL)渡邉、 (SL)S.U、前川、S.F、小林、小熊、杵島先生、津田コーチ 2009年7月3日 雨 東京→(夜行バス・鈍行列車)→六日町市内

2009年7月4日 曇時々雨 桜坂駐車場4:15〜4:45→4合目手前5:24〜5:35→4合目通過5:42→5合目6:12〜6:29→6合目7:10〜7:25→7合目8:00〜8:15→8合目通過8:48→9合目9:08〜9:20→巻機避難小屋着9:30→幕営9:40〜10:00→割引岳アタック開始10:15→御機屋通過10:40→第2の雪渓手前で休憩(津田コーチ偵察)10:55〜11:15→撤退決意・牛ヶ岳へ→御機屋11:28〜11:35(雨具準備)→巻機山本峰通過11:45→牛ヶ岳山頂12:01〜12:43→巻機山本峰13:00〜13:05→御機屋(集合写真撮影)13:10〜13:12→巻機避難小屋着13:34

2009年7月5日 晴 【起床3:00】幕営地→割引岳アタック開始4:45→御機屋5:06→偵察5:10〜5:15→割引岳への稜線からのアプローチを断念→第1雪渓通過5:21〜5:24→第2雪渓偵察5:29〜5:47(藪こぎ開始)→偵察5:47〜5:50→藪こぎ終了6:03→割引岳山頂6:15〜6:40→御機屋7:15→巻機避難小屋着7:35→テント撤収8:00〜8:10→下山開始8:33→9合目通過8:44→8合目通過8:57→7合目休憩9:33〜9:50→6合目通過10:23→5合目休憩11:05〜11:20→4合目通過11:55→3合目通過12:20→桜坂駐車場着12:36

【感想】登山開始前、巻機山は厳しい山行になると覚悟していた。今回の新入生強化山行(別称)は初め、火打・妙高に行こうと部員の中でほぼ決定していたのだがOBのアドバイス(今年は外輪山、三田原山に残雪が多く急なアイスバーンの下降があるとの事)と、八ヶ岳に行きたいという反乱者がでたため暗礁に乗り上げ、日にちが無くなってしまったためリーダーの独断で以前調べてあった巻機山に決定した。しかし、自分の中での巻機山はかなり厳しい山という印象があり辛い山行になるだろうと思っていた。1日目駐車場に4:15に到着、朝食をとってから出発した。しかし、あっさり3合目通過、その後も順調に進み展望台まで来るとなかなかの景色が見られた。ニセ巻機まで来ると日本とは思えないような景色が見られる。頂上で集合写真を撮りいざ避難小屋へ。避難小屋のテント場はあまり広くなく雨で濡れていたためドロドロの状態であった。テント幕営後、アタック装備で割引岳へ。御機屋までの登りは行程の中で一番きつく、やっとの事で到着したがガスっておりさらに雪渓が残っていたため、途中で割引岳は断念。急遽、明日の行程であった牛ヶ岳に登る。木道がありそこまできつい登りではなかった。この日はこれで終了、テントへ引き返した。2日目、天候が良かったため1日目失敗した割引岳へのアタックを決行。雪渓によって道が埋まっておりさらに北側が急であったため、偵察を繰り返し綾線上に沿って藪こぎを開始、F君を先頭に初めての藪こぎに苦戦しながらも全員登った。頂上付近には雪渓はなく、通常通りの登山道へ戻り藪こぎを終えてから10分いよいよ頂上へ。景色は良く、周辺の山々もよく見えた(名前は知らない)。そこで一服つき、お目当ての火山性の石を拾ってみるとそこには何とパイライトが・・・・。また、藪こぎをして割引岳を下山。テントをたたみ、桜坂駐車場へ。下山途中、クワガタやトカゲ、縁起のいい白い蛇、有名な高山植物(自分は興味なしだが、他の部員は興味津々だった)など見かけた。今回の山行は歩行技術やルート選択に大きなミスがなく次回の夏山に向けていい出だしとなった。しかし、パイライト付きの岩石を発見して騒いだためか、後半少々バテ気味になった。(2年:小林佑生記)

2009年度新人歓迎山行

山行名:2009年度新入生歓迎山行

期間:6月20日〜6月21日

対象:吾妻連峰一切経山〜東吾妻山〜鳥子平

メンバー:(CL)渡邉、(SL)U.S、小林、橋本、前川、小熊、大竹先生、丸ヘッドコーチ、千葉コーチ

コースタイム
2009年6月20日 晴 不動沢(11:10)→賽河原(11:40〜11:50)→湯の平(12:05)→分隊(12:15)→井戸溝(12:20〜13:00)-慶應吾妻山荘(13:20)
2009年6月21日 雨→曇 慶應吾妻山荘(07:10)→大根森頭(07:30)→五色沼(07:50)→一切経山(08:25〜08:35)→酸ヶ平小屋(08:56)→鎌沼(09:05〜09:25)-姥ヶ原(09:30)→東吾妻山(10:10〜10:40)→景場平(11:50〜12:10)→鳥子平バス(12:40)

【感想】
 6月20日、午前6時50分頃、東京駅。普段の山行ならば、集合時間の1時間前ほどから自由席に並んでいるのだが、今回は諸般の事情で30分前の到着となった。そこには、前々日に自由席に並んでおくと言っていたチーフリーダー(CL)の姿が・・・無く、2年生が2人いるだけで、しかも話を聞けば2人のうち1人が5時半から、並んでいたらしい。ちなみに集合時間は7時20分である。たまげたなぁ。その後、7時ごろにヘッドコーチが、集合時間ギリギリにCLと1年、先生が到着。事前に集合時間に遅れると連絡があった千葉コーチも同時に到着。無事新幹線の福島駅で新幹線を降り、タクシーに乗り換えて1時間ほどで、吾妻スカイラインの浄土平で下車。

 ここから、今回の山行の行程がスタートする。20日の行程は浄土平から、ゆっくり歩いて3時間ほどで慶應吾妻山荘までの予定だ。さくさく道を進み、犀の河原で休憩。休憩後に宿泊者を浄土平まで送っている慶應吾妻山荘管理人の大柿さんとすれ違う。その直後にCLが犀の河原にウェストポーチを忘れたとのことなので、コーチ一人とともにCLが引き返し、残りはすこし進んだ井戸溝でCLを待つ。40分ほど待ってもCLが追いついて来ないために先に進み、山荘の中に入る。結局30分後にCLが遅れて到着。大柿さんと合流し、ゆっくり登ってきたそうだ。その日の夕飯は、大柿さんが心をこめて準備してくださった、カレーとロールキャベツ、この時期だけのコシアブラの天ぷら。どれも美味でした。翌日は、あいにくの天気であった。朝食には、サムゲタンを頂き、予定どうり7時に出発。自分でも飛ばしすぎたと思うペースで、2時間足らずで一切経の山頂に到着。休憩するにも風が強くなってきたために、酸ヶ平まで下りて休憩をとる。休憩後、東吾妻に向けて出発する。雨が降っていることもあり、東吾妻の登山道は予想どうり水が流れており、まるで小川のよう。途中、倒木が道をふさいでいる箇所もあったが、無事、東吾妻の山頂。景色は雲の切れ間に一切経が見える程度であった。

今回の山行は下山時に後ろへの配慮不足、登りのペースの速さなど多くの反省点が出た。今後の山行に活かしていきたい。